5.破断
作:宴屋六郎
偶然などというものは存在しない。必然だけが存在する。
0
「成程ね」
僕はそう言った、ように記憶している。
これは、相談を受けていた時のことだ。
応接間の灰皿から、紫煙がゆらゆらと立ち昇っていた。
――その返事は現場をみてもらえるってことでいいのかい?
そんな言葉が返ってきたようにも記憶している。
僕は大抵のことを記憶している。
だから僕がその時非常に渋い顔を作ったのも、自分の表情のことながらしっかりと記憶している。
僕の親戚には刑事を務めている人間もいた。
その中の一人が、従兄だった。
彼は時折、僕に会いに来ることがあった。自分が担当している事件について、何かと助言を求めてくるような節があった。
今回ははっきりと協力してくれと言ってきている。それほどの難事件ならば、僕が出て行ったところで解決するようには思えないが。
僕はプロじゃない。アマチュアだ。
ど素人だ。
確かに勉強は得意というか、適性があるとは思うが、そういった刑事事件に対して何の知識(今後知識を付けることになるとはこの時思ってもいなかったが)もない、ただの高校生だというのに。
安楽椅子探偵? 馬鹿馬鹿しい。そんなものはフィクションだ。
従兄にしても、あまり本気で訊いているような感じではなかった。しかし、だからこそ、逆に断れない雰囲気があった。
僕は他人からの頼みごとに弱いのかもしれない。両親のことにせよ、従兄のことにせよ。
それはさておき。
捜査に協力するにしても、警察としては、関係者の親戚とはいえ民間人であるところの僕に情報を見せるわけにもいかない。だから僕に偶然見てもらって、新しい視点を得たいのだ。
僕自身が勝手に気づいたことであれば、問題は軽減される。
従兄の言いたいことは、要約するとそういうことだった。
いち高校生に過ぎない僕に見てもらうくらいなら、もっと相応しい人がいるように思えた。
どうにも従兄には信奉と言うべきか信条と言うべきか、勘違いがあるようだった。
僕なら、晦日籠なら、という。
晦日の親族なら誰もが一度は言った言葉。
ぎちぎち。頭のどこかで何かが軋む。
僕は渋った。
渋ったが、惹かれていることもまた確かだった。
僕は『人が死んだ』場所に惹かれていた。
だからこそ協力してはいけないとも思っていた。
――あの死体を見てから、ストレスが蓄積されていることは明らかだった。
以前よりもずっと焦がれている。人の破壊ということに。
僕は自分を律するべきだと思っていた。行ったり来たりしているのは自分でもわかっている。自分の欲望が人体の破壊にあることもわかっている。
人を壊したいという欲望はとどまることを知らない。
これ以上進行を許せば、自分は間違いなく法を侵すような行動に出てしまうだろう。
だから、この破壊欲求は抑えるべきものであり、単純な物体破壊なども避けねばならないと思っていた。
いつか、この欲求が消え去るまで。
いつか、この欲求を忘れるまで。
まあ現場を見るからといって、必ずしも死体を視るわけではない。事件そのものは少し前のことだし、放置できるようなものじゃない。
だから結局は、従兄に押し切られる形で協力に応えることになった。何ができるわけでもないというのに。
僕はその時、そう思っていた。
数日後、従兄の車で現場となったアパートに向かった。
東区の郊外だった。どこにでもある、住宅の集まり。都会からあぶれたもの。
いかにも安そうな、木造建築の古いアパートメントが建っていた。鉄が使われている部分は所々が錆びていて、直視するには、あまり気持ちの良い感じではなかった。人が住んでいるのだから、あまり言ってはいけないことか。
外側の錆びた階段を登り、廊下を歩く。二階の一部屋が『現場』らしい。
秋の、どこか冷たさを孕んだ風が肌を撫でた。僕の前をリードする従兄に会釈する女性とすれ違った。どうやらこのアパートの住人らしく、事件に関して証言をしてもらった、と彼は言葉少なに説明した。
適当に相槌を打ち、従兄が扉を開くのを待った。
予め大家から借り受けていた合鍵を使い、中に入る。
狭い玄関。短い廊下。文字通り日焼けし長い年月を経た畳の四畳一間に、布団が乱れたまま。
洗面所や風呂、台所があるのが救いか。
既にあらゆるものが観察されし尽くされ、必要なものは回収し尽くされ、それ以外は保存し尽くされている。
淀んでいた。鼻に飛び込んでくる空気は、どこか生ぬるかった。
主のいなくなった部屋が、寂しげな吐息を吐いているかのように。
しかし、全体的に物が少ない。あるべきものが欠けているという感じがあった。
この狭い部屋で、人が殺されていたのだという。
いまいち実感が湧かなかった。
ここで人が死んだのだという。
あの強烈な感覚が。どこにも存在しない。
死の匂いも、何もない。
あの強烈な匂い――。
それでも見るべき場所はある。
これでも一応は頼られている。不本意ではあっても。
だったら、全力で手伝わなければならないだろう。
一介の高校生に殺人事件が解決できるとは思えないが、それでも少しでも力添えができるように尽くすのが、礼儀と言うものだと、僕は思っていた。
昼食を奢ってもらったということも、あるが。
従兄の言っていた事件の概要と、ほとんど変化していない部屋とを照らしあわせると、二つ三つ気になる箇所があったので、そこを見ていく。
その最中だったか。
二つ目を調べている時だった、ように記憶している。
僕の邪魔はすまいと思ったのか、あるいはただ単に何らかの用事があったからなのか、外に出ていた従兄が帰ってきた。
ファイルを携えて。
僕は嫌な予感を覚えたが、その場から逃げ出すことは叶わなかった。
ここに来た時点で――いや、その前にこの依頼を受けた時点で、もう決まっていたのかもしれなかった。
今の僕なら、そう思える。
これが写真だ、と従兄は数枚の『紙』を渡してきた。
彼にとっては、良かれと思った行動なのだろう。少しでも現場に近い状態を見てもらおうという意図だったのだろう。
けれど、それが致命的だった。
人生において致命的だった。
ぎちぎちと耳鳴りが響いた。
束を受け取った時、僕は考える暇もなかった。
それは写真だった。
目に入ったのは、死体の姿。
あの日森で見たものとは違って、殺された直後の、新鮮な死体。
あの日森で見たものと同様の、女性の死体。
生きていたものが数時間で死んだものに変わってしまったもの。
頭から血を流している。うつぶせになって、血を流している。
生命の象徴。生命の水。
頭の殴打痕以外に、目立った外傷はない。
ぎちぎち。
「こんなのは偽物だ」
誰かの声が聞こえた、気がした。
僕は周囲を見渡したが、僕と従兄以外には何者も存在しなかった。従兄も、誰かが喋ったことに気づいている様子はない。
ただ。
僕の耳の傍で囁くモノがいた。
自分を形どった何か。
何かという形容しか思い浮かばない自分のようなモノ。
あの死体の女の子。
まるで、覗きこまれているような。
ふう、っと生温かく、腐った息が。
耳に。
「こんなものは紛い物だ」
背中がわずかに震えた。
「綺麗なもんだろ?」
まるで漫画のような言葉を用いて、従兄が言った。
「綺麗? 綺麗だって? 綺麗とか言ったか? 死体としては失敗作だ! こんな、どこも壊れていないもの、認められない!」
黙れ!
僕は心中で叫んだ。
しかし、その言葉は体によく馴染んでいくのがわかった。
砂地に蒔かれた水のように、吸い込まれていき、浸透していった。
――確かに。
――この声が言うように。
――この死体には。
――破壊が足りない。
ぎちぎちぎち。
森で見たあの子が、僕のほうを見つめる。
眼窩に深く落ち窪んだ、虚空の瞳が僕を射る。
ぎちぎちぎち。
ストレス。
フラストレーション。
壊したい欲望。
レール。
壊せと言う声。
律せと言う自分。
自分ではない何か。
ぎちぎちぎちぎち。
ねじが緩む。
気づいてはいけないことに気づこうとしていることに気づいているが気づきは止められないと気づいてもいる。
この死体には。
あの死体には。
この子には。
あの子には。
――――破壊が足りない。
僕は気づいた。
足りない足りない足りないね。全くなにも足りていない。
もっとシンプルに。
そうシンプル。
シンプルでいいんだ。
壊したい。
この死体を壊したい。
目の前にはないことが嘆かわしい焦がれる。
ここにあったのなら好きに自分の思うように壊せたというのに。
あの森でも自分を律することなんて必要なかったんだ欲望に任せて壊してしまえば良かった。
壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい。
自分の中の欲望が暴れ出す。
もう止められないという悟りがあった。
命が壊れているのに全く壊れていないものを見て、奮い立ってしまった。
壊したい。
欲望を消すことなど不可能だ。
僕にはわかった。
僕だからわかった。
――ああ。
――自分は果てしなく壊れている。
欲求はシンプル。
壊したい。
それだけだ。
自分はそれだけだ。
それで良くて。
それで良いんだ。
従兄が「大丈夫か」と訊ねた。僕の顔色はあまり良くなかったらしい。
「大丈夫ですよ」
僕は応えた。
そう、大丈夫。
なにもかも。
大丈夫に決まっている。
僕は小さく拳を握った。
そこに確かな『存在』が在った。
事件は解決した。
自分でも驚くべきことに、僕の些細な『気付き』を従兄に教えたこと、なんとなく思いついたことを言ったことが手掛かりとなり、解決の糸口となったらしい。この世界はなにが起きるのか、全くわからないな。
父親が幹部であったことと、従兄への協力で、僕は時折助言を求められるようになった。
推理を行う探偵、というわけではないが、まるでフィクション作品のような展開だった。あんまり協力を求められても迷惑なので、適当にあしらうことも覚えることにしよう。
あの『決定的』な日に話を戻す。
行きと同じように従兄の車で自宅へと戻った僕は、昔取っておいた人形を、押入の奥から取り出した。
女の子、特に幼児が好みそうなデザインなのは仕方ないことだ。男向けの人形なんて、それこそラブドールくらいなものだ。
ラブドール。
ああ、それもありか。
人間に近ければいい。
もっといい。
最近は精巧なものもあるというし。
とにかく、人形を取り出した僕はそれを派手に壊し始めた。
家の中に僕以外の人間がいないことは確認済みだ。家政婦はシフトが入っていないし、父も母も仕事。妹は学習塾。すべての部屋をチェックしたから何の問題もなく、周囲に構う必要もなかった。
しかし万が一ということもある。
本当なら山や森に持ち込んで、人気のない場所で行うべきだろう。
だが、駄目だ。
待てない。
逸る気持ちを抑えられなかった。
壊す。
壊す。
壊す。
丁寧に壊す。
久々に壊した。
快感が全身を駆け巡る。
びりびりとした甘美な電流。頭が痺れるような。
知らずのうちに射精しているほどだった。
壊すことを意識したのに、壊さないストレスとフラストレーション。それら全てが解放されたような心地があった。
ヒトガタを壊すのは、実に何年ぶりだっただろう。
満足したが。
満足しないモノもあった。
満たされるものと満たされないもの。
その二つが両立し共生していた。
壊れている。
自分は完膚なきまでに壊れている。
それでいい。
抑制と解放。
ルーツ。
表現しきれない何か。
僕にとっての絵は、つまり。
「壊したい」
人間を
「壊したい」
確かな存在を確かめるように、右手を開いた。いつの間にか拳を握っていたのだ。
手に違和感が鎮座していた。今までとは違うものを感じた。
今までの自分とは全く違うような、そんな違和が。
訝しみながらも、確信があった。
本当はあのアパートの時から、何をすべきなのかわかっていた。何ができるのかわかっていたのだ。
四肢がばらばらになった人形の胴体を、しっかりと掴んだ。
壊したい、と欲望を解放する。堰を切る。自らの確固たる意志で。
掴んでいたそれが、自分の望む形に、
自分の想像する形に、自分の理想通りに、
壊れた。
砕けた。
細かくばらばらになった。
――シンプルに、なった。
これだ。
僕は笑った。
おかしくて仕方がなかった。
僕が望んでいるのは。
あの子も笑った。
おかしくて仕方がなかった。
望んでいたのは。
手にしたのは。
破壊だ。
失望奇譚集―壊虐奇談5
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1
「《破壊魔》が望んでいるのは破壊なのです」
「……はあ」
佐藤さんはどうやらしっくり来ないらしかった。
ドリンクバーの安コーラをストローで吸引することに余念がないようで、僕の話を真面目に聞いている様子はない。
せっかくみゃこさんから許可を受けて説明してあげているというのに。
でもまあ確かに、《破壊魔》なんて名前をしているのだから、破壊を望んでいることは字面からわかることで、然程インパクトのあるような話じゃないか。
うーむ。
夕刻を少し過ぎて、サイゼリヤ。
前に佐藤さんと会った、同じ席。西日が射しこんでいて、少しだけ眩しい。
僕は制服で、佐藤さんも前と同じ背広。二人とも夕焼け色に染まっている。
……僕は学生だしオープンキャンパスの帰りだから都合良く棚に上げるとしても、佐藤さんは同じスーツでいいのだろうか。身だしなみにはちゃんと気を遣っているのだろうか。偶然同じものになったということにしておくのが一番平和っぽいのでそうすることにする。自己解決。
んで、何を話していたのかというと。
《異常者》について、ちょっとした講義だ。
今回は《破壊魔》とカテゴライズされている。
普通の人間には持ち得ない力を持っている、と言うのが一番妥当か。本当は『可能性』の問題なのだが。
正確ではなくとも、説明に必要なのはわかりやすさだ。
何故『そういうもの』が現れたのかは知らん。僕は末端の人間だから知らないでいいことなのだ。
冗句ですがなにか。
まあ、一般人寄りである佐藤さんは知らなくても良いことか。どうせ情報端末でしかないわけだし、と価値を低く見積もってみたりする。
翻ってみて自分はどちら寄りなのかという疑問も自然と湧いてきたけれど、隠居庵大議会に提出される前に圧力をかけ、握り潰すことで事なきを得た。
《異常者》には異常に欲深い者が多くて、それは力に影響を与え、力から影響を与えられている。それだけ知っていれば問題ない。
佐藤さんはこれまでに何度か協力(イコール、情報引き出し)してもらってるわけだから、少しくらいリターンがあっても良かろう。みゃこさんはそういう判断らしかった。
それが幸福やメリットに繋がるリターンとは限らないと思うんだけどなぁ。まあ他人事だし別にいいけど。
僕ら《サナトリウム》は《異常者》を排除するだけ。どっかの三文小説にでもありがちな設定だけれど、《異常者》の多くは人に仇なし害を振りまくので、掃除役は必要不可欠。
仇なさず害を振り撒かない《異常者》が使われたりする。観夕みたいなね。
おっと、これは佐藤さんには秘密だ。
当の彼がグラスのコーラを飲み干し、気だるげな顔をあげた。
「《異常者》のことはいいんすけど。隠居さん、もしかして講釈を垂れるためだけに俺を呼び出したんですか?」
「そんなわけないでしょう。考えないこと山の如しと言われている僕であっても、人を呼び出すとなればちゃんと考えて行動しますよ。きっと」
「なんで本人が断言できないんですかね……」
これでも佐藤さん、絶賛仕事中であったところを夕食の摂取、ということで出てきてもらっている。
だからあんまりだらけていても、悪い。
講釈は終わりにしてそろそろ本題に入るべきだろう。どこがミラノ風なのかさっぱりわからないドリアも運ばれてきたし。
「ところで佐藤さん。晦日籠って――『人』、知ってます?」
男性と呼ぶべきか女性と呼ぶべきか迷い、無難な方に流れた。女性とも男性とも断定しがたい。少なくとも今のところは。
そもそもこの会合の発端は、なんのことはない。
みゃこさんに「晦日籠という人について知りませんか」と訊ねてみれば、「……佐藤一郎が前に似たような名前を挙げていたように記憶しています……」と返ってきたので、呼んでみただけのことなのだ。
僕の口からその名前が出ることは想定外というか想像できなかったらしい。
佐藤さんはあからさまに驚いた顔をした。そんな実直というか素直でいいのか、刑事よ。
まあ信用されているということにしておこう。彼の名誉のために。冗句か?
「あれ? 晦日くんを知ってるんですか?」
「今日知りました」
「今日って」
いやはや。
ここでも『晦日くん』か。
ここまで男性扱いを続けられると、僕の観察眼が腐っているような気さえしてくる。
だから僕は確かめることにした。
「晦日籠さんはいったいどんな方なのですか? 佐藤さんが教えてもいいと思う範囲でいいので、教えてください」
「どんなって言われても。普通の大学生ですよ」
と答えた佐藤さんであったが、言った後にまさしく「訂正したい」という顔をして、
「ああ、いや、訂正します。普通ではないです」
と訂正した。
「普通でないと言うと、たとえば」
「なんて言えばいいんですかね……自分の無能さをアピールしてしまうみたいで嫌なんですけど、晦日くんは非常に優秀な大学生ですよ。ご親族には警察関係の方も多いようで、そのこともあってか、何度か捜査に協力してもらったり。俺の担当も手伝ってもらったり、しました」
「ほほう」
まあ確かに。
そんな風格はあったけれども。
僕とは真逆らしいな。羨ましい。
大した家柄、大した人柄、大した頭脳。
「……言ったあとに気づきましたけど、隠居さん、内緒にしてくださいね、これ」
「大丈夫です。話すような友達なんていませんから」
「…………」
一般人が警察の捜査に協力していること。それを警官が話したというのは、あまり良くないことなのだろう。僕にだってそれくらいの想像力はある。
それにしては、佐藤さんの表情には心配よりも憐れみの感情が多く見える。あれれ、なんでだろうね?
さておき。
あんまりこの話題は引きずるべきではないだろう。今も僕の隣を通過しドリンクバーに向かう客がいたし、誰かに聞かれても困るだろう。僕じゃなくて佐藤さんが。
でも確認しておかなきゃいけないことがあるので、訊ねておく。むしろこれが本題というかね。
「もしかしてなんですけど、晦日さんは性同一性障害だったりします?」
「へ? いやいや、そんなことないですよ。彼はれっきとした男の子です。どうしてそんなことを?」
「いえね、ただの思いつきで深い意味はないんです。しかし――これじゃまるで神様天使様だ」
「?」
参ったな。男性と断言されてしまった。僕は女性だと、思ったんだけど。
男性でもあり、女性でもある? いやいや。
こうなってくると僕の観察眼はいよいよ信用できないものになってくる。
僕だけが幻覚でも見ているのだろうか?
『他人と自分の見えている世界にはズレがある。お前が赤だと思っているモノが、実はただ同じ言語でアカと呼ばれているだけで、他人の目にはお前の言う青に見えている可能性だってあり得るんだぜ』
いつだったかの誰だったかの言葉だ。
人は他人と何かを完全に共有することなどできない。
それを目の前で実践されているかのような奇妙な感覚。
違和感。
視界と価値観を揺さぶられているような。
回転。
――気持ち悪い。
ぐらぐら。
気持ち悪い。
吐きそうだ。
「隠居さん? 大丈夫です? 顔色が良くない」
「……持病の白昼夢がなかなか治らなくてね」
嘘か真が冗句か、自分でも判断できない言葉が飛び出した。
ここはファミレスだし、目の前には佐藤さんがいる。
よし。
水を飲んだ。
よし。相変わらずこの国の水と安全は無料だ、と昔の冗句を引用して心をかき混ぜ混沌を亡きものにしておいた。
佐藤さんは変わらず怪訝な顔をしていたけれど、気になったのか思い至ったのか、疑問を投げかけてきた。
「それで、晦日さんがどうかしましたか? もしかしてですけど、彼が疑われているのでは……」
なんと答えるべきか。
僕は迷った。
ここはファミレスだし。
周りには客がいないこともない。目に入る範囲だと、僕の背後、窓際の客とか。
けれど隠す必要もないと思ったので、結局は。
「疑ってますよ。晦日籠が件の《異常者》ではないかと疑ってます」
「そんな! 彼は正義感の強い正義漢ですよ!」
駄洒落なのか?
突っ込むべきか悩んだけれど、佐藤さんの顔にふざけの色はない。
つまり大真面目。むしろ怒っているようにも見える。刑事なのに。
佐藤さんが信頼する程度には。
信頼しているということ。
繋がりが強いということ。
『他人が自分のために怒ってくれる』というのは。
どういう気分なのだろう。
この場にいない晦日のことを考えた。
僕なら、どんな気分になるのだろう。
望むべくもないけれど。
「……すみません、つい、かっとなってしまいました」
「いえ、いいんです。僕だって友達がそんな風に言われたら憤慨していたでしょうし、わかりますよ」
僕は他人のために怒ったことなんてないから、実際のところはどんな反応を示すのか未知数だけど。
しかし佐藤さんは本当に刑事として大丈夫なのだろうか。身内とはいえ。
心配だなぁ。
――まあ佐藤さんとしても心配なのは至極当然だ。僕らが動いたことで『いなくなってしまった人間』、『いなかったことになった人間』を、彼は何人か知っているはずだ。それが知り合いに及ぶ、あるいは近づくとでも考え始めたら、不安を感じずにはいられないだろう。
「どうして疑っているのか、訊いてもいいですか?」
何を言うべきで何を言わない方がいいのか。その勘定を行っていないので、少し時間を稼ぐことにした。
「えっとですね、ちょっと待ってくださいね。今頭ん中整理しますから――」
と。
僕は。
次の言葉を紡ぐことができなかった。
次の言葉を考えることができなかった。
脂汗が滲む。
冷や汗も滲む。
脳は熱を持って回転しているのに、背中を中心として体だけが冷えていく感覚。
刃物を背中に当てられたような。このまま引かれたら裂けてしまいそうな。
嫌悪感?
違う、怖気だ。
悪寒。
そういったモノ。
僕は。
勢い良く立ち上がった。
手が震えていることに気づきつつも、無視。たどたどしく伝票を掴む。
唐突な行動だったためか、佐藤さんは目を丸くしている。
「――佐藤さん。出ましょうか」
「え?」
「ここじゃ話せなくなりました。外歩きましょう。食後の運動です」
「俺まだドリア食べてない……!」
戸惑いを隠せない彼の腕を掴んで、引きずるようにしてレジへ向かった。
二人分まとめて精算し、扉を引いて外にでる。安価なサイゼリヤとはいえ、高校生の財布に大打撃だけど、気にしている場合ではない。
外に出ることができたのはいいものの。
外に出たのはいいものの。
えっと。
こういうときはどうすればいいんだっけ。
訓練での鬱子さんはどんな風に指導していたか、思い出そうとするけれど、僕の頭は思うように動いてくれない。
確か後ろを振り返ることが必要な場合と、やってはいけない場合とがあったような、気がするんだけど。振り向こうにも、振り向くことができない。
というのもずっと背中にひりひりとしたもの当てられているからだ。
僕は経験から知っている。それに親しさを覚えずにはいられない。
殺気。
僕の背中に、殺意が照射されている。
力強く、はっきりと。
店の中で突然膨れ上がったそれが、店を出てからもずっとついてきている。後ろにいることだけは確かだ。
振り返ることができないほどに強い視線。
佐藤さんは気づかないのだろうか? 刑事のくせに。
それとも刑事だからなのだろうか。刑事とは言っても色々あるし、普段は追う側だろうし。
他のことを考えて逃避しようとしている思考を元のコースに戻す。
佐藤さんは相変わらずわけがわからないと言った顔で、早足の僕に付いてきている。
とりあえず。
人通りの多い場所を選べばいいのだろうか。
後ろを振り返ることができたのなら、三回同じ方向に曲がることで特定できる。そんな罠に引っ掛かってもらえるとは思えないけれど。
とりあえず大通りに出る。夕刻を過ぎた頃なので、帰宅に急ぐ勤め人や学生、これから夜の街に出ていく人々でごった返している。
駅前ということもあるだろう。
こちらからも特定しづらいけど、あちらからも追い続けられない、はず。
人の波を掻い潜るようにして進む。
「隠居さん、どこに行くんですか? そんなに慌てて。つか、俺自分の分払ってないし――食べてないし!」
「静かにしてくださいよ、佐藤さん。尾行されてるんですから」
尾行。
ストーキング。
何でもいいけど、とにかく後ろをついてきている。
冷静に告げたつもりだったけれど、彼には逆効果だったようだ。
見るからに動揺している。
顔が赤くなり、青くなり、白くなった。流石はいっぱしの刑事か、端的な情報で状況を理解した。
嫌だなー怖いなーって思ってたらねぇ、ついてきちゃってるんです、一人。と物真似でも披露しようと思ったけれど、自分もそんなに余裕がない。
「そんなっ、俺、心当たりないっすよ!」
心当たり?
僕は――心当たりしかない。
そうたとえば。
今探してる《破壊魔》、とか。
笑えねー。
そうでなくても恨みを買うようなことを色々しているわけで、どうにも心当たりというものは十年来の親友のような気安さがある。
こういう事態にこそ、冗句を忘れてはいけないな。
交番にでも行きゃいいのかね。このまま真っすぐ進めば私鉄の大きな駅があるし、そこには交番もあろう。
しかし相手が《異常者》である可能性が大いに高いのがネックだ。交番に駐在している警察官程度で尻尾を巻いてくれる相手ならいいけれど、そうでなければ些かまずい。
電車かバスに逃げ込むか。
それも考えたが却下。相手は人を壊すことに躊躇のない《破壊魔》。そうでなくても《異常者》の多くに常識を求めることなど不可能だ。彼(あるいは彼女)なら、周りの人間ごと破壊してしまうかもしれない。恥も外聞もなく。
商業施設に入ってエレベーターなんかで……いやいや、それこそ無理だ。選択次第で追い込まれる。リスクが高い。
だとすれば、相手が諦めざるを得ない状況を作るしかない。
ここで、今すぐに。少なくとも相手がまだ尾行を続けているうちに。
どうやって作るかって? 今考えてるから静かにしててくれ。そのうち思いつくさ。
せめて《破壊魔》でなけりゃあな。
この必然としか思えない偶然。
僕らを尾行している相手が《破壊魔》でなければ、一体他に誰がいるというのか。
さてさて、何が目的だろうか。
考えるまでもなく僕を破壊することか。《サナトリウム》の尖兵たる僕を。
そうでなくとも嗅ぎまわっていることが鬱陶しいか。それが件の晦日籠であったとしても、その他の誰かであったとしても。
やれやれだぜ。
まあ佐藤さんじゃないだろうなとは思うけど、一応提案してみるか。
「どちらについてきてるのかわからないので、二手に分かれましょう。僕は大通り、佐藤さんは路地に曲がってください」
「はえ? 嫌ですよ!?」
ですよねー。
じゃあ僕が路地の方に行けば折れてくれるのかね。先に大きな提案を却下されると、その後の要求が通りやすいとか何とか。鬱子さんの受け売りだけど。
「誰かに尾行されているというのに、隠居さんを置いて行くことなんてできません。一人の警官として」
あらやだイケメン。
相手がただのストーカーだったら遠慮なく頼るんだけどねえ。
この場合どちらかと言うと僕の方が専門だし。
でもまあ、それだけの覚悟がおありなら、殉職の覚悟もあるってことで。積極的に曲解することにした。
背中に刺さる殺意が強まった。
うーん、この人混みでも全然無駄みたいだ。僕らのことを見続けている。
できれば人混みの中で撒きたかった。この衆人監視の中であれば、激しい行動には出て来ない、はずだから。
だからと言ってこのまま守勢に回っていても、何かを得られるわけではない。
リスクとリターン。
ピンチは最大のチャンスって言うだろ。
そろそろ、特定しようかね。
僕は佐藤さんの腕を引いて、右側の道へと分け入った。
視界を切ることができたようで、路地に入っていくと背中の感覚も消え去った。
表に出ているレストランやカフェや居酒屋などの、ちょうど裏口のようになっているらしい。ビールケースやごみ箱、ごみ袋が目につく。あ、やべ、ちょっとミスったかも。
でもここなら、他に入ってくる人間も少なかろう。
小走りで進み、後ろを振り返る。そろそろ曲がって来るころか。
人の波が流れている。この路地裏はまるで時代に取り残された隘路。なんつって。
波から漏れた、一滴がこちらに流れてきた。
ああ、こいつが。
「あれは」
「おっとっと」
これは、いかんね。
そいつは全身黒尽くめだった。黒い外套黒いジャージの上下。頭は外套についているフードで隠され、ご丁寧にゴーグルみたいな遮光眼鏡と、使い捨てマスクで顔も表情も見せていない。
唯一の例外は手であり、何故だかそこだけは露出していた。外套の袖が長いので指くらいしか見えていない。萌え袖かな?
勿論冗句だよ。
しかし、これはひどい。全身黒尽くめとは。
観夕かよ。そんな冗句が漏れそうになる。
こんな奴ファミレスじゃ見なかったけど。どっかで着替えたんだろうか。考えても仕方のないことだ。
長身のそいつは、男性とも女性ともわからない。
指の細さを見るに、女性か?
追跡者は、僕ら二人を認めると、迷いなく歩み寄ってきた。
つかつかと。
よく見るとスニーカーだ。これは黒じゃない。茶だ。
「隠居さん」
「逃げるが勝ちですねえ」
「えっ?」
言うが早いか、僕は背後に向かって走り出した。
佐藤さんは後ろからついてくる。
追跡者もついてくる。
背後を気にしつつ走る。こんなことなら体育を真面目に受けておくべきだった。僕は肉体労働派ではない。
苦手なんだよなぁ、運動って。
どこか適当な場所で曲がって、視界を切って、撒こう。
そう思っていたが、なかなか曲がり角に当たらない。ずっと真っすぐ道が続いている。
むしろだんだん細くなってきている、ような。ビルとビルの距離が急接近、この恋愛一体どうなる!? みたいな冗句だ。
ん、んー?
これはまずいかもわからんね。
背後の追跡者は本気で走っているような様子はない。むしろ悠々と自分の優位を確信しているかのような余裕さえ見える。
もしかしてこの道に入ったのは間違いだった?
……ああ、やべえ!
道なりに曲がっる箇所はあっても、通りに出られるような場所が見当たらない。建物の壁が多すぎる。
これは追い込まれている。
飲食店の裏。どんどん細くなる。
この先もしかして袋小路なんじゃね?
やっべえ。
「…………」
冷や汗が流れる。
唯一少しだけ低い、建物ではないコンクリ壁を見かけたけれど、登っているような時間はなかった。
いやいや、まさか。
この道に入るように誘導されていたのか?
ファミレスを出て、この道に至るまでの時間を計算されていた?
殺気を照射する程度も考えて?
何て野郎だ。女郎かもしれないけど。
――やがて僕らは行き止まりにぶち当たった。
予定通りというか予定調和というか。
息が切れかけている。膝で息をしたいレベル。
雑居ビルに囲まれた谷とでも呼ぶべき場所。
建物に囲まれているせいか無風で、しかもじめじめとしている。
蛍光灯は申し訳程度にひとつだけ。明滅を繰り返しているので、夜闇に対しては無力すぎる。
こうして都合良く行き止まりなんてあるものかね。ビルにも裏口くらい作ってくれよ。一個もないとかどういうことだよ。
「おーぅ、ふぁっきんびるでぃんぐ……」
不満だけは一丁前に噴出する。
窓でも割って、とは思っても、お前の考えはお見通しだと言わんばかりに高い位置にある。そもそもそんな時間なかろう。
追跡者は悠々と歩いてこちらに迫っていた。
ほとんど全てを黒に包んだ、正体不明。
まあ、おおよそのあたりはついてるんだけど。
黒尽くめで無駄に黒いので夜闇に溶け込んでいるような感じがあった。あと威圧感も追加されている。主にシチュエーションのせいで。
やっぱり電車かバスか交番で良かったな。僕の考えすぎる癖も考える余地がある。
誰にも見られない目だたない場所で肉片にされて終わりとか。
くっそ。
ゲームオーバーか?
相手が《破壊魔》であるなら僕らを攻撃する手段には事欠かないだろうし、そうでなくてもここまで追い込んでいるのなら何かしら武器を持っているだろう。
対して僕は丸腰だし格闘の心得なんか勿論ない。戦闘能力ゼロは伊達じゃない。
逃げ足の速さにだけは自信と定評があるけれど、それはもう役に立つ局面ではない。
僕の右で荒い呼吸を繰り返す佐藤さんは……拳銃なんか携帯してないだろう。特殊警棒くらいなら持っているかもしれないけれど、戦力として数えるには少し心許ない。佐藤さんだし。
拳銃を持ってても同じかもね。冗句じゃない。
「あれは、何者、なんです、かっ」
知らねえよ。あんな黒々した知り合いはいな――いこともない。
誰のこととは言いませんが。
「知らないですよ。佐藤さんには心当たりないんですか」
「言いました、よねっ。あんな怪しげな男の知り合いなんて、いませんっ」
僕は心当たりしかないけどね。事実をもう一度確認する。
それはいいとして、佐藤さんは目の前の『女性』っぽい奴を、どうして――違う、考えるべきはそこじゃない。
後で、でいい。
『後で』があるかどうか。わからないけど。
今は生き延びることを考えなければならない。『後で』考える、ために。
追跡者がここまで追い詰めておいて、計算し尽くしておいて、僕らを殺さない理由はないだろうから。
道を尋ねに来ましたー、とかだったら平和的なんだけどねえ。そんなふうにならないのが僕の人生だ。
攻略法を考えなければならない。
ほとんど詰みだったとしても、努力はせねばならない世の中らしいから。
佐藤さんを囮にして逃げるか?
それを目の前の襲撃者が許してくれるだろうか。この狭い路地で。
『そいつ』は静かに佇んでいる。
僕らの出方を窺っているのか、あるいは――僕らが既に詰んでいるということを理解するまで待っているのか。
というか、佐藤さんを囮にするのはみゃこさんに怒られると思うので却下。
彼は護身術やら柔術やらを駆使して闘う気はあるようだけれど。
「佐藤さん、柔道とかは駄目だと思いますよ。危ないです」
「でも」
佐藤さんは空手だか柔道だかの構えを解こうとしない。
組み合った時点で終わりだと思う。
「多分、『手』だから」
手で触って何かするんだと思う。あれだけ自分の姿を隠匿することに、高級料理店のシェフ並みにこだわりがあるのに、手袋だけ着用していないのは。
うーむ、そうなってくるとやっぱり詰みじゃないかなぁ。
チェック状態というか王手をかけられた状態というか。
叫んでみる?
意味がなさそうだ。大騒ぎされても問題ない場所に追い込んでいるのだろうから。
……せめてみゃこさんに情報を伝えるように動くべきか。何もしないよりはいいだろうし。
上着の側面ポケットに突っこんでいた携帯を、そのまま中で操作する。
完全に記憶頼みだ。
運良く上手く操作できて電話がかかって、みゃこさんが応答してくれたらいいけど。全部希望的観測というか、何というか。
ここまで運勢最悪の僕。
うーむ。
僕の動きに感づいたのか、襲撃者はじりじりと、ゆっくり、油断なく隙間なくこちらへと詰め寄ろうと歩んでくる。
行動を起こすぎりぎりまで、慎重に狩りを行う肉食獣のようだ、と思った。
これはもう駄目かもわからんね。
言葉を紡ごうとしたところで。
ふわり、と風が肌を撫でた。
「なにしてるの」
女の子の、声。
さりとて高くはないし、大きな声でもない。
落ち着いているのではなく、陰鬱にすぎる声。
どこまでもボトム。
どこまでも平坦。
その声は路地の向こう側、闇の中から。つまり、襲撃者の背後から響いてくる。
こちらから目を離さないように、襲撃者が背後に注意を向けているのがわかった。
僅かな電灯の明かりの中に、入ってくるひとつの影。
それは襲撃者と同じように全身を真っ黒に染めていた。
僕にはわかる。そいつが打算も計算もなく、ただ選ぶのが面倒で、「どうでもいい」から黒を身に着けているのだと、知っている。
だってそいつは。
「観、夕」
「なにしてるの」
「それはこっちの台詞だよ。きみこそ何をしてるんだ」
「…………」
彼女は答えない。
電灯の光のぎりぎり外側に佇んでいた。手にはビニール袋を提げている。
買物の途中なのか? 全然似合っていない。
まさかだけど、僕を助けに来たのか?
いやしかし、どうやって?
そもそも彼女が僕を助けるとは思えない。義理も何もない。あれは仕事上必要でなければ僕を見殺しにするような娘だ。
みゃこさんに電話を繋げたのはつい先程だし、どうにも点と線が繋がらない。
観夕は壊れたおもちゃみたいに同じ質問を繰り返した。
「なにしてるの」
「……例の《破壊魔》に殺されようとしている」
「そう」
訊いておいて心底興味なさそうな声を出すなよ。
やっぱり僕を助けに来たなんて幻想だったんだ。
でも一応助けを求めてみる。
今となっては彼女が最後の光だ。黒いけど。
「ぷりぃずへるぷみぃ」
「仕事以外で助ける理由がない」
「臨時の仕事だと思えよ! 目の前に《破壊魔》がいるんだぞ」
まだ《破壊魔》と特定できたわけではないけど、そういうことにしておく。
「今仕事する気がない」
「僕がいなくなると、困るぞ」
「困らない」
「…………」
口をあんぐりと開けるしかない。
観夕は考えがなさすぎるというか、迷いがなさすぎる。即断即決、しかも後悔は絶対にしない。
そんな娘だったことを再確認させられている。こんな状況で。
襲撃者は僕らのやり取りに困惑しているのか一歩も動かない。
僕も困惑してるよ。襲撃者を挟んで言い合いをしていることに。
残る佐藤さんはと言うと襲撃者と同様に困惑しているが、呆れているような色も混ざっている。
「いいや困るよ。きみは僕とじゃないと仕事ができないし、きみがサンドバックにできる相手が僕だけであることも知っている。ここで助けてくれたらこれからいくら殴っても蹴っても文句を言わずに享受してあげよう。だから助けてくれ」
あれれ、なんだか言ってて惨めになってきたぞ?
まあいいんだ。
生きるための努力ってのは、全て泥水を啜るようなものだから。
僕が生きる必要の是非は置いておくとして。
「…………」
観夕は黙った。
これは考えが揺れているとみてよろしいか。
「それだけじゃない。もう水まんじゅうを買ってきてやらないし、美味しいお店も教えてやれなくなる。こないだ美味しいパスタ屋見つけたから一緒に行こうぜ」
「むっ」
空いている右手でお腹を押さえる観夕。
空腹なのか?
もし近ければ腹の虫が鳴る音が聞こえたかもしれない。レアシーンを見逃したな――それとも聴き逃した、か?――、と悔しかったり悔しくなかったり。
焦れたのか襲撃者が動きだした。
観夕もそれに連動し反応するようにして動く。どうやら助けてくれるらしい。
彼女は懐から何かを抜き放つ。
投げナイフだ。
観夕の方を振り向いていた襲撃者は、体を捻るようにして回避する。反射神経と運動神経も良いのか。
というか襲撃者が回避したということは。
観夕は僕らに対面するように立っているわけで。
ひぅん。
僕の顔の、すぐ側面を、回転するナイフが通り過ぎていった。
……うわっ、やっと背中がびくっとした!
「気を付けろよ!」
「避けて」
無茶言うな!
僕の動体視力を舐めてもらっては困る。全然見えねえ。
そんな僕を無視して、第二射のナイフが襲撃者へと飛来する。
今度は避けることすらしなかった。
驚くべきことに、そいつは刃を手で受け止めた。
刃先がその細い手に触れた瞬間、スローイングナイフは砕けてしまった。まるで最初から脆かったみたいに、あっさりと。
観夕の仏頂面が揺れる。驚きの成分が僅かに浮き出ていた。
彼女がスローイングナイフの刃単体で対象を殺傷しようとすることは、ほとんどない。あのナイフの刃先には、致死量の毒物が塗られているのだ。
全く冗句みたいな話なので、一体どんな薬物なのかは知りたくもない。
刃で殺傷し毒物で追い込む。堅実な牽制と高い殺傷力を兼ね備えた、観夕の攻撃。
それを手で受け止め、壊してしまった襲撃者は、かすり傷もなし。血液も流れていない。
やはり、こいつが。
「《破壊魔》」
襲撃者の背中が笑った、ような気がした。
対している観夕は非常に嫌な顔をしている。眉間に皺を寄せ、《破壊魔》を睨みつけている。
彼女の機嫌を示すメーターの針が、不機嫌な方向に振れ始めている。これは良くないけど、良いことだ。
観夕のナイフに反応できた、襲撃者の反射力。
それに関しては僕も驚きだ。そこは《異常者》ゆえの力ではなく、自前だろう。
一射目で完全に観夕の筋を把握して、二射目は完全に受け止めてみせる。なんつー対応力だ。
避けただけでも、既にすごいんだけどさ。
観夕が長外套の中からナイフを引き抜く。銀色が蛍光灯の光を受けて、ぎらりと輝く。近接戦で使用するコンバットナイフ。
以前見た『果物ナイフ』とは比べ物にならない、厚く長く、人を殺すという意志に溢れたモノ。見るだけで気温が下がったように感じてしまうほどの。
常日頃から多種多様の刃物を持ち歩く真性変態である観夕の、高ランクに位置する得物、だったはず。
割と本気かも。
《破壊魔》は《破壊魔》で、近接戦闘に備えて身構えている。
二人とも、僕と佐藤さんのことなんてアウトオブ眼中。
僕は観客程度にしか思われていないのか。あるいは既に、意識の外なのか。今なら逃げることもできる、とは思う。
しかし、それはそれで――腹立たしいものがある。
だから僕は、無理やり参加することにした。
祭は参加してこそだと誰かが言っていたような気もするし、言わなかった気もする。
結局は自分の意思が重要か。
ポケットから携帯電話を取り出して、耳に当てた。
口を大きく開く。慣れていないけれど、誰にも聴こえるようにすることが、必要なのだ。
「あ、もしもし。警察ですか」
わざとらしく声をあげる。
普段よりずっと大きな声。慣れていないので裏返りそうになるけれど、なんとか堪える。
電話の向こうにいるのは110番のオペレーター、ではない。
「……よく聞こえますよ……」
霞みのかかったような声質。
みゃこさんだった。
「ただいまちょっと大変なことに巻きこまれておりまして。変質者に襲われそうになっているので、助けていただけませんか」
「……それは大変ですね……どこにいらっしゃるのでしょう……」
「えーっと、住所は――」
僕がそう言うが早いか。
《破壊魔》が動きだした。
自分の右手に位置している壁に近寄り、触れた。途端に壁は崩れ、また別の路地が現れる。
逃走を図っている。
理解した観夕が追撃をかけようと動くが、《破壊魔》のそいつは、近くの建物の壁を壊し、瓦礫と砂煙を作り出した。
《破壊魔》自身は砂埃に塗れながら、脱兎のごとく駆けていく。
迂闊に煙の中に飛び込むわけにはいかない。待ち伏せの可能性もある。
追う者はいなかった。
僕が本当に警察と通話しているか判断しにくいところだっただろうけど、選択するなら無難な道、といったところか。
僕を差し置いて、目の前の敵に照準を合わせたりするところを視るに、《破壊魔》は合理的な思考の持ち主のようだしね。
それに、警察に姿を見られては不味いという、手掛かりも得られた。
大衆に見られるわけにはいかないわけだ。
まあそれは、この路地に追い込んできた時点でわかってはいたけど。
堂々と殺すような狂った真似はしない。クレバーな《異常者》。
「ふうん」
僕は満足したように頷いた。
実際は何も満足などしていない。
あまつさえ殺されかけている。チェックメイト寸前だった。ひゅーう。
「邪魔しないで」
観夕が怒ったような表情を作らずに、仏頂面のまま怒った。器用なのか不器用なのかわからん。
「ここで終わらせれば万事解決、だとは僕も思うけど。でもまあ、こっちにとってもあんまり良い手じゃないからね。ごめんね」
「…………」
確実じゃない。
もしかすると観夕がやられる可能性もあった。
それらを言葉にして並べると、殴る蹴るじゃ済まない可能性があったので、素直に謝罪することで事なきを得た。
あとで殴る蹴るされそうな気もするけれど。
何にせよ、あれとやり合う時は万策を尽くしたいところだ。観夕は万全だったとしても、僕が万全ではなかった。
なにせ追い込まれていたわけだしね。イレギュラーがなければ間違いなく死んでたし。
そうだ、イレギュラーと言えば。
「ところでだけど、観夕。気になっていたことがあるんだ。きみ、どうしてここにいるんだい? みゃこさんは知っていた様子ではなかったし」
電話を切って訊ねる。
危機を察知したみゃこさんが派遣してくれたという感じじゃあなかった。だったらどうして、どうやってここだと思ったのだろう。
ここに来たのだろう。
「…………」
観夕はだんまり。
しかし、しばらくして口を開いた。
必要だから、といったような表情が滲んでいる。
「……まいご」
「は?」
「迷子になった。道教えて」
「…………」
なんというか。
来た道を戻るという発想はなかったのだろうか。
でもまあ、そんなものかもしれない。
どんな道だって。
引き返せる道など、そんなにはないのかもしれない。
2
自宅という名の邸宅などではなく全く普通のマンションというかアパートというか、その中間というか汎用というか、そういったイメージを覚える我が根城に帰って、一息をついた。足下を照らす程度の灯りが、僕には心地よい。
佐藤さんは完全にびびっていたけれど、これからも仕事が残っていることを何とか思い出し思い出させ、クルマに乗り込むところまで見送った。
迷子になったという観夕は、支部まで徒歩で送った。彼女も僕と同様にスマートフォンという電脳文明の利器を所持しているはずなのだけれど。まあ使えない道具は最初からないも同じか。
機械が苦手とは、現代の十代としてあるまじき姿だ。僕が言えたことではないので冗句だが。
頭の中を整理する。
臆病刑事(《異常者》相手なのだから当然とも言う)の見送り時に訊ねたこと。
「佐藤さんは、あの襲撃者を男性だと断定していましたね。何故です?」
あの男は何なのだ。
そういった主旨のことを彼は言っていた、ように僕の薄弱な記憶力も何とか覚えていた。
キーを回しエンジンを始動させた佐藤さんは、開かれた窓の向こうから困惑色を覗かせていた。
「え、何故って、どう見ても男だったでしょう?」
「…………」
微妙に会話が噛み合わぬ。
それよりも彼は、あの《破壊魔》について、報告するかどうか悩んでいるようだった。
自分という、実際に襲われた被害者がいる、のはいいのだけれど、あまりに現実離れした出来事であったし――しかし、観夕に助けられたので実際に被害を受けたわけではない。そもそも観夕のことについて報告すると、僕らが何か言ってきそう、やってきそうなのがネック。
僕としては何にも話さないことが最善の道であると思うし、彼もきっと、最終的にはそう判断するだろう。
知らないことは知らないままでいい。見なかったことは見なかったままでいい。
微妙な色と疲労感をその童顔に浮かべたまま、彼は発進したのだった。
「うーむ、いや流石に。手だけでは判断しちゃいけないとは思うけど」
あれは女性だった、ように思う。
どちらかと言えば、女性的、と言えばいいのだろうか。
僕は女性だと判断し、佐藤さんは男性だと断定した。観夕には訊ねるのは、忘れてた。
これはいつもと違って脳の彼方、別名ごみ箱へとぽいするのではなく、真剣に考えるべきことかもしれないぞ、と頭の中のメモ帳に刻み込んでおいた。
そのメモ帳の存在そのものを忘れることがあるけれど、まあその時はその時で。
似たような事例がごく最近あったので、《破壊魔》は恐らく晦日籠で間違いはないんだろうけど、何かが引っかかる。
晦日籠。
もっと調べてみた方がいいだろう。
たとえば、八重葎さんに頼んでみるとか。
手洗いうがいを終えた僕は、携帯電話を取り出して、電話帳を呼び出した。
『や行』に登録していたか、『は行』に登録していたか、どちらか思い出せない。両方見ても載っていないということは、『不明』の欄に登録していたかな。
何せ彼女は八重葎という名前で通っているというのに、なんと読むのかは教えてくれないのだ。だから『やえ』なのか『はちえ』なのか『やじゅう』なのかわからない。最後のは冗句だけど。
葎も『むぐら』なのか『りつ』なのかわからない。本人もどうでもいいみたいだ。僕はどうでもよくない。
あ、あった。
通話ボタンを押す。
自分から電話をかけるという感覚はいつまで経っても慣れない。
気恥かしさというかなんというか。
人と積極的に話しにいくという感覚に違和感があるのだろうか。
みゃこさんとは慣れすぎてるから問題ないけど、それ以外の場合が、ちょっと。
何なんだろうね。
基本的に受け身型だからなのだろうか。
などと考えているうちに相手が通話に応答した。
「…………」
通話は繋がったけれど、相手の声はない。
闇の方が多くを占める部屋の、角を見つめながら名乗る。
「どうも、隠居庵です」
「ああ、隠居くんね。良かった良かった。とうとう死んじまったのかと思ったよ、アタシは」
「まあ今日死にそうな目には遭いましたが」
相手のわかりにくい皮肉を受け止める。
知ってるくせに。
「んで、何。人間生活や人間行動が苦手な隠居くんがわざわざ人恋しくなってアタシと雑談する為に電話をかけてくるとは思えないんだけどー?」
「ええ、まあ、ちょっと調べて欲しいことがありまして」
仕事の依頼だ。
「それはおかしいわね。というかアンタ、わざとやってるでしょ? はぁー、まあいいけど。アタシが知ってることをアンタに教えるのはいいわ。でも調べるためにアタシが知るのは間違ってる。なぜならアタシは」
「《情報家》だから」
やっぱりわかってるじゃないの、と彼女は不機嫌そうな声をあげた。
僕は彼女のビジュアルを欠片も知らないけれど、声だけを聴いているとかっこいい系の美人とか美女のイメージが湧いてくる。
だけどこの声は、毎回違う。個人を特定されないように音声サンプルを採取して加工しているんだとか。それ言っていいのかよ。
今日はかっこいい系の声だった。ハスキー気味。嫌いじゃない。
毎度ばらばらな声。
あやふや。
曖昧。
仕事用の電話。
誰も彼女の実態を知らない。
そんな《情報家》である。
言葉の選択を間違えてはいけない、と僕は態度を改めることにした。
「んで? 何?」
「晦日籠という、人について調――教えてください。不夜大学の美術サークル所属、かもしれません」
「そこまでわかってるなら簡単だわね。でも少し待ちなさい。何せアタシは情報家。資料が膨大なのよ」
「ええ、理解しています。でも『なるはや』でお願いしますね」
「合点承知の助。で? 対価は?」
やっぱりか。
僕は溜め息の出る思いだった。
「《情報家》、コレクターなら譲ってくれてもいいじゃないですか」
「やーよ。アタシは確かに《情報家》であり、コレクターではあるけど、自分のコレクションを無償配布する蒐集家なんてこの世にいるのかしら? ん? アンタはそういう知り合い、いるの? それともアタシとアンタはお友達だったかしら? アタシ、隠居庵くんには友達なんて一人もいないって情報を持ってるんだけどなー」
「……ごもっとも」じゃない。こっちは勝手に個人情報抜かれてプライバシーも侵害されているのだから。
盗人猛々しいとはまさしくこういうことだ。
しかし逆らえない。
彼女はこの街随一と言っても誇張にならない程度には、情報の流通を握っているヒトなのだから。
オンラインであれば侵入できないものはないし、入手できないものはない。
フィクションのキャラクターみたいな人。真人間ではあると思う。《サナトリウム》が狙わず子飼いにもせず、まともに取引しているということは。
そんな人が電話なんかで連絡取れていいのか、とも思うけど。まあ何かしらの細工はされてるんだろうな。僕には及びもつかないほどの。
《千里眼》こと鷹巣遠見にでも頼めば居場所でも何でもわかるんだろうけど、そこまでして知りたいものでもない。僕は《情報家》じゃないのだから。
「で? で? 対価は? アタシかわいこちゃんか徳川埋蔵金じゃないとモチベーションあがんないのよねー」
わかりやすい喩えとわかりづらい喩えだ。
「うーむ。仕方ないですね。最近、とっておきのものを手に入れたので、メールで送りますね」
「へえ、アンタがねえ!」
八重葎さんは感嘆の声を漏らした。期待されている。
僕は一旦携帯を耳から話し、メール機能を立ち上げる。八重葎さん連絡用のメールアドレス宛てに、画像を添付して送信。
こういうマルチタスク操作は便利だな……操作のややこしいスマートフォンに切り替えての、数少ないメリットの一つだ。
「どうです?」
「今確認するわーおっ!」
言っている途中で大声をあげないでください。
右耳がきんきん言っている。
耳が言う。
ふむ。なかなか面白い。
そんな冗句を考えていると。
「隠居くん」
「なんでございましょう」
「チョベリグだわ」
……ちょべりぐ?
一体どういう意味だ?
暗号?
情報屋の間で通じる隠語?
「なんですか、それ。暗号です?」
「えっ」
「えっ」
なんだろう。
意味はわからないけど、このコントを演じてるような感覚は。
「隠居くんは若いのだったわね……ちょっと悟ったようなところがあるから忘れていたわ……」
僅かな悔恨と羨みの音色がある。
お姉さんなのだろうか。まあ世の中の大抵の女性は僕にとってお姉さんになるんだけど。
「とにかく。しばらく料金なしでもいいくらいだわね、これ」
「それはそれは。気に入っていただけたようで」
僕が送信したのは、先日の観夕の寝顔だ。
八重葎さんは美少女に目がない。美しければ美しいほどいい。
僕は美少女の写真を送信したのだ。それもとびっきりの。
――伏見山観夕は常に仏頂面をしているけれど、確かに可憐な美少女だ。
八重葎さんが執心しているのは、美少女たちの寝顔。
そのために《情報家》をやっていると言っても過言ではない、のかもしれない。断言はできないけど。
彼女曰く、「美少女の寝顔ほどこの世で美しく、価値のあるものは、ない」。
正真正銘の変態である。
不夜市中の監視カメラを掌握している八重葎さんにとって、美少女の寝顔を蒐集することは、決して難易度の高いことではない。
が、伏見山観夕の寝顔だけは絶対に手に入らなかったんだとか。
あの娘は獣じみた勘の持ち主だし、本能的に監視カメラの画角を避けているのだろう。
んで、僕はこないだ、偶然にも彼女の寝顔の撮影に成功しているわけで。
「レア中のレアを手に入れるなんて。ああああ、本当に。観夕たん……とてもいい寝顔……普段からは想像できないほどに、天使――そう、まさしく天使だわ! 隠居くん! 隠居くんは、アタシより優れた《情報家》になれるかもしれないわね」
「そんなことないですよ。八重葎さんには敵いません。あなたは世界一の《情報家》なのですから」
「またまたぁ」
彼女はテンション最高潮、ご機嫌そのものといった感じの声をあげている。
今まで手に入らなかったものが手に入った喜び。うーん、変態だけど、喜びそのものは純粋なのかもしれない。
何にせよ、このために撮っておいて良かった。
僕は女子の顔を撮影して喜ぶような変態じゃないのだよ。
「今回を除いて二回くらいは料金なしにしたげる。アフターサービス完備で」
二回か。それに追加サービスも行ってくれるようなので、悪くない。
何度も言うが彼女は情報屋じゃない。《情報家》なのだ。
だから相場なんて関係ない。まともに金で支払おうと思うと、馬鹿高い。
ものにもよるけど、相場の三倍四倍五倍と高価で、しかも気分次第。
その代わり彼女の持つ情報データ量は膨大だし、しかも確実。正確無比。情報が好きでやって蒐集しているので、拘りと誇りがある。
マニアの執着力は凄まじいというか。
それを二回もロハに出来たのは大きい。
今回の仕事も期待して良かろう。
だから、そう。
「悪くない」
了。